はじめよう実験計画

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決定的スクリーニング計画の例:コーヒーの淹れ方(後編)

概要

本記事は決定的スクリーニング計画を「コーヒーの淹れ方」に適用した結果の後編です。前編はこちら↓

sturgeon.hatenablog.com

本記事では、前編で作成したコーヒーの味のモデル式を用いて、実際に目標の味に到達できるのか確かめました。具体的には「温度」「水位」「蒸らし時間」の3つのパラメータを調節して、「香り」と「苦み」の2つの味を最適化しました。

 

前編までのおさらい

前編では、決定的スクリーニング計画(DSD)を用いて、温度(Temp)・豆の粗さ(Grain)・水位(Height)・蒸らし時間(Steam)の4つの要因を変えながら、14杯のコーヒーを淹れ、香り(Flavor)・苦み(Bitter)・酸味(Sour)といった味の項目を0~5点で評価しました。そして、それぞれの味について以下のモデルが得られています。

  • Flavor  = 2.1-0.55Temp-0.3Height+1.0Temp2-0.86Temp*Height
  • Bitter=3.5-0.9Height+0.55Steam-1.0Height2
  • Sour = 3.1-0.35Height

なお、上式の変数Temp、Height、Steamには-1~1が入ります。例えばお湯の温度Tempに関しては最低85℃最高95℃が、それぞれ-1と1に対応します。抽出時の水位Heightは低~高(これは目分量です)、蒸らし時間Steamは20~60sです。モデル式を考えるときは-1~1の符号で表しておき、実際には符号に対応した値でコントロールします。

 

オーバーレイプロット

前述の数式を使用すれば、各項目で目標の味に近づけることはできますが、本章ではより視覚的に特性の応答を把握したいと思います。話を簡単にするため、香りと苦みの2つの特性にのみ着目しました。

複数の特性について目標の値を得るためには、オーバーレイプロットが使えます。

個人的な好みで「香り多め・苦み少なめ」なコーヒーを淹れたいと思い、味の値が次の範囲に入れることを考えます。

  • 香り:3.5<Flavor<4
  • 苦み:2<Bitter<2.5

この範囲を満たす領域をHeight vs. Steamのプロットに示しました(図1)。ここでお湯の温度(Temperature)は低いほど香りが豊かになることは分かっていたので(前編参照)、Temperatureは-1(85℃)に固定しました。

「香り多め・苦み少なめ」の領域は図1の白抜き部分です。Temperature=-1(85℃)のとき、Heightは約0.5(低~中)、Steamは-0.5(30s)以下に設定すると目標の味が得られことがわかりますね。

 

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図1. 香り(Flavor)と苦み(Bitter)のオーバーレイプロット。Temperature=-1(85℃)

 

複数応答の最適化

次に、上記のオーバーレイプロットを使用しないで、複数の応答の最適化を行う方法について説明します。複数応答の最適化とは、すなわち

 D=(d_{Flavor}\cdot d_{Bitter})^{1/2}

で定義する全体満足度Dを最大化することす。dFlavorはFlavorの満足度関数というもので、次式で定義されます。

{\displaystyle d_{Flavor}= \begin{eqnarray} \left\{ \begin{array}{l} 0 (y\le L) \\ (\frac{y-L}{T-L})^r (L\le y \le T)\\ (\frac{U-y}{U-T})^r (T\le y \le U)\\ 0 (y\ge U) \end{array} \right. \end{eqnarray} }

ここで、Tは目標値、LおよびUは目標として許容する最小値と最大値です。rは0より大きい数であり、rの値によってdFlavorは図2のような振る舞いをします。

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図2 満足度関数dの実験値yに対する振る舞い

dFlavorに対するrをdBitterより大きく設定すれば、Flavorを重視して最適化するというようなことができますが、ここではdFlavor=dBitter=1としました。そして、今回はFlavor=3.75(L=3.5, U=4)とBitter=2.25(L=2, U=2.5)を目標として、全体満足度Dの最大化を行いました。

図3に全体満足度Dを最大化した結果を示します。ここではMinitabという商用ソフトウェアを使いました。

 

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図3. 満足度の最大化

図3の見方ですが、一番上の行が全体満足度D、下の2行は3つの要因Temp、Height、Steamに対するFlavorとBitterの二つの特性の応答を表しています。

FlavorはTempが小さいほど、Heightが大きいほど高い点数となり、BitterはHeightが小さいほど、Steamが小さいほど高い点数になることが確認できます。つまり、HeightにはFlavorとBitterに関してトレードオフの効果があることがわかります。

また、目標の3.5<Flavor<4, 2<Bitter<2.5は、下2行のグラフの白抜きの領域です。目標の味は赤字で書かれているTemp=-0.9(85.5℃)、Height =0.58(やや高め)、Steam=-0.7(26s)の条件で実現されることが分かります。また、この条件は前述のオーバーレイプロットを使用した最適化と同様の結果であり、辻褄が合っていますね。

本当においしいコーヒーになるのか検証

以上より、

  • お湯の温度 :85.5℃
  • 抽出時の水位:やや高め
  • 蒸らし時間 :26s

とすると、香り豊か(3.5〜4点)で苦味の少ない(2〜2.5点)コーヒーができるはず。

実際にこの条件でコーヒーを淹れてみたところ… こればかりは、信じてもらうしかないですが(笑)、本当に香り豊かで苦くないスッキリとしたコーヒーを淹れることできました。めでたしめでたし。

結論

決定的スクリーニング計画(DSD)を用いて、おいしいコーヒーの淹れ方を調査しました。本実験では「温度・豆の粗さ・水位・蒸らし」という4つの要因を調べました。本実験のように、各要因につき3つの水準(例:温度85℃・90℃・95℃)を調べるとすると、全組合せは34=81通りあります。

その81通りを、DSDではたった14杯(実際には最小9杯で可能)のコーヒーを入れるだけで、網羅したとみなすことができます。いかにDSDの効率が良いかお分かりいだけるでしょうか?

また、本実験ではコンタ―図(前編参照)やオーバーレイプロットを使って、温度・水位・蒸らし時間をどのように変えると、味がどう変化するか視覚的に把握しました。さらに、複数応答の最適化手法を用いて、温度:85.5℃、水位:やや高め、蒸らし時間:26sとすることで、香りが多く苦みが少ない自分好みのコーヒーにたどり着くことができました。

本実験で最終的に自分の好きなコーヒーができたので、十分にDSDの有用性を示すことが出来たと考えています。

 

感想

味の評価はとにかく難しかったです…

例えば、素人が苦味と酸味を独立に評価することは難しく、酸味の強さと苦みの強さを混同するというようなことがあると思いました。

また、一度にたくさんのコーヒーを飲むと訳が分からなくなりそうだし、時間を開けて飲むと評価基準がブレる。ワインテイスティングなどでは、どのように様々なワインを平等に評価しているのでしょうか??

ちなみに、本実験のためにはじめてコーヒー豆屋さんに行きました。その豆屋には6畳くらいの暗くて狭い店内に、オーナーが厳選した豆だけが置いてありました。

実験するにあたり、あまり特徴の強くないコーヒーが欲しい、とオーナーにお願いしたら、ブラジルで何年か前にあった水害を生き残った貴重な樹から採られた豆をお勧めして頂きました。

おかげさまで実験がうまくいきました。お豆屋さん、ありがとう!

 

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